「劒岳 点の記」測量部の6月

冬よりは天候は安定しているとはいっても、やはり山の天気はいつキバをむいてくるか分かりません。大きな自然の前には、何もできることなどありません。ただ一刻も嵐がおさまるのを待つのみ。測量と同じくここでも忍耐が必要になります。命の危険にさらされた柴崎、宇治、ノブの3人ですが人夫たちに救われて遭難せずにすみました。そして彼らを助けた人夫たちも、このような数々の苦難を経て心の中に少しずつ変化がおきてきます。

「劒岳 点の記」:あらすじ ~最初の櫓と三角点の設置

山岳会も富山駅に到着して、着々と「剣岳」に登るための準備を進めていきます。「剣岳」は日本の中で一般登山者が登る山の中で、危険度が最も高い山とされています。もちろん今でも大変危険な山でありますが、誰も登攀したことがない山なので今のように整備もされていません。山装備のテントにしても今より、心もとないものです。彼らの挑戦はまだまだ続きます。

あらすじ

嵐の夜からの翌朝です。柴崎が目を覚ましたのは立山温泉の布団の中です。そして柴崎の枕元に置かれていた私物の中に、葉津よがいつの間にか忍ばせていた御守りがあることに気がついて、思わず苦笑します。柴崎の隣で寝かされていたノブのほうは、発熱している様子ですがさすがに年齢が若いだけあって、すぐに起きあげてみせました。

山岳会の児島たちメンバーは、山の中で測量部の焚き火のあとを見つけます。そして測量部はおそらく室岳から劔御前の尾根を狙っているようだなぁ~と登山ルートを推測しました。

それから山岳会のひとり岡野金次郎が滑落しますが、なんとか無事で一行は安堵しました。山岳会のメンバーと大山村の猟師ふたりが山ですれ違います。猟師たちは熊を一頭撃って麓に下りてきたところで、宇治に出会います。そして宇治に山岳会のメンバーたちが、室堂のっこしに来ている事を教えるのでした。そして、その話を柴崎に伝えると柴崎は「実は・・五色ヶ原で自分自身もあなたのことを疑っていました。」と宇治に謝ります。

それから後のことです。柴崎は測夫としてのベテランのタケキチに「こんな山奥まで来てまでも、地図を作る意味って何ですかね?」と問いかけることもありました。

その頃東京の柴崎の妻、葉津よが手紙をしたためていました。手紙の宛先は、宇治の妻の佐和宛への手紙でした。

あらすじ:6月

測量部の柴崎たちは、最初の櫓と三角点を6月16日に設置することを終えていました。一方で日本山岳会の方はどのような状態だったのかというと、「剣岳」への登り口をまだ捜しあぐねている状況でした。

山岳会隊員の岡部は、遠くで測量部が歩いている姿を見つけます。そして岡部は手旗信号を測量部に向けて送ります。その手旗信号は「ここからは危険。本日は下山する」という内容の手信号でした。岡部が出した手信号をノブが望遠鏡で確認しています。

柴崎は「南壁へいってみよう」と宇治に話をしますが、宇治の方はというとちょっと難しそうな表情を見せます。ノブも南壁に行くことに乗り気だったこともあって、宇治は仕方なくという感じではありますが測量隊の一行は南壁へ向かいます。そこには山岳隊がせっちしてあるテントを見つけました。このテントが設置してあることが意味していることは、山岳隊がまたすぐにここへ戻ってくる。ということになります。

山岳隊がテントを設営していることを見てノブは焦ります。そしてザイルを使って自分ひとりで南壁を登ってみる。と言い出し、ノブは南壁を登り始めました。しばらくノブは登っていましたが、足を滑らせてしまいました。命綱をつけてあるのでノブは無事ですが、命綱で宙にぶら下がっている状態です。ノブのザイルを宇治は必死に引っ張りますが、なんとザイルが切れてしまいました。ノブはザイルが切れたので雪の斜面へ滑り落ちてしまいます。

ただちに岩本鶴次郎がノブのすぐ近くまで降りてノブの安否を確認すると、ノブは足を痛めてはいますが辛くも無事でした。結局測量隊の一行は、下山することになりますが下山の途中で、強風に飛ばされている山岳隊のテントを発見します。

測量部から玉井要人工兵大尉が、立山温泉の宿にやって来ています。玉井工兵大尉から聞かされたの、陸軍陸地測量部の本部では、絶対に山岳会には負けてはならない!!とかなり機運が高まっていることを伝えられました。立山温泉の宿はかなりの人数のため、宿は満員です。そのため、ノブは宿の裏庭にテントを張ってテントで寝ていました。ノブはテントの中で、人夫たちが喋っていた雑談を耳にして沈んでいました。人夫たちが話をしていた内容は、柴崎やノブがどうしてあんな無茶な事をしていたんだろう・・・、それに何であんなに焦っていたんだろう・・という雑談だったからです。

測量部から本部の様子を伝えに来たことを耳にしたからでしょうか。それとも状況を把握するために来たのかもしれませんが、地元新聞社の富山日報牛山記者も取材へやってきましたが、柴崎は牛山記者に苛立った態度を見せました。

そして翌朝、ノブは他のメンバーよりも遅れて立山温泉の宿から出発しようとしていますが、そんなノブに宿の主人の岡田佐吉から宇治長次郎を訪ねてきた息子の幸助を紹介されました。そして、ノブは幸助から宇治へ渡して欲しいというものを預かります。それは母親(宇治の妻)からの差し入れと、そして幸助から父親への手紙でした。ノブは預かったものを受け取り、山を登り測量部と合流します。